暗号資産を始めたとき、目標は決してランボじゃなかった。クラブでボトルを空けるためでもない。ロレックスでもない。


今なら全部買える。けど、私は何もやらない。
だって、それが最初から要点じゃなかったから。15歳のとき、深夜3時に部屋でチャートを見ながら座っていた。夢は「モノ」じゃなかった。夢は自由だった。起きたいときに起きること。やりたいことをやること。たまたま火曜日の午後に何もしないで過ごすことができること。誰にも合わせないこと。何をするにも許可を取らないこと。生きるために次の給料を必要としないこと。
それが全て。夢の全部だった。しかもいつの間にか、塹壕の経験(地獄の現場)みたいなものがみんなに「目的は時計だ、車だ、ボトルだ、クラブのテーブルだ」と思い込ませた。何かが決まった見た目であるべきで、そうでなければ「カウントされない」みたいに。
ランボを持っているのに不幸な人も知っている。車のローンの支払いが次の取引に左右されるから、4分おきにポートフォリオを確認してしまう人。チャートが赤いせいで、せっかくの食事を楽しめない人。土台を固める前にライフスタイルを買ってしまった人。
一方で、成功した人も知ってる。絶対に見抜けない。8時間寝ている。日中ずっとチャートを見ていない。何年もお金の心配をしていない。そして周りの人は「何百万ドルもの価値の上に座っている」なんて想像もできない。暗号資産界で私が知るいちばん幸せな人たちは、うるさい人たちじゃない。いちばん静かな人たちだ。
自由は人によって違う意味を持つ。私にとって自由とは、いつでも家族に会いに帰れること。誰にも聞かずに1週間休めること。家賃の心配をせずに、違和感のある案件には「ノー」と言えること。カフェで3時間、暗号資産と関係のないものを読んでいられること。火曜日に退屈しても、それが「贅沢」だと感じられること。多くの人はその退屈すら持てない。
ランボは必要ない。ボトルは必要ない。タイムラインにもそんなものは出てこない。でも、どれも私が買えるどんな物質的なものよりも、ずっと良い気がする。
「これができた日」が、本当の意味で私が到達した日だった。ポートフォリオの数字が伸びた日じゃない。「その数字は目的じゃない」と理解した日だった。数字が可能にした「人生」が目的だった。そしてその人生は、CTが「こう見えるべきだ」と言うものとは違う。
今、塹壕で3時に歯を食いしばって頑張っているなら、自分に問いかけてほしい。いったい何のために頑張ってるの?答えが車や時計なら、それを買って1週間で虚しくなる。答えが自由(本当の自由、時間が自分のものになるやつ)なら、それは実際に長く続くもののために頑張っている。
資本を守れ。富を演じるな。土台を固める前にライフスタイルを買うな。そして手に入れたときは覚えておいてほしい。目的は「リッチそうに見えること」じゃない。目的は「自由に感じること」だ。
私は子どものころに暗号資産を始めた。今もここにいる。ランボも、ボトルも、時計も買える。でも私はそれらが欲しくない。やることが何もなく、答える相手がいない状態で、ただ毎日起き続けたいだけだ。
それが自慢のポイント。そしてそれだけが、ちゃんと年月を経ても価値が色あせない。
原文表示
このページには第三者のコンテンツが含まれている場合があり、情報提供のみを目的としております(表明・保証をするものではありません)。Gateによる見解の支持や、金融・専門的な助言とみなされるべきものではありません。詳細については免責事項をご覧ください。
  • 報酬
  • コメント
  • リポスト
  • 共有
コメント
コメントを追加
コメントを追加
コメントなし