私たちは富を間違って測っている。お金を数えている。日数を数えるべきだ。


お金は繰り返し得られる。失っても、また取り戻せる。時間は違う。使った1日1日は、二度と戻らない。
それでも私たちの大半は、必要以上のお金を追いかけるために、7日中5日を差し出している。楽しむ時間のないものを買うために。なんてひどい取引だ。

最も一般的な人生設計も、誰も本当には考え抜いていないやつだ。
ローンに縛られる。家に縛られる。ライフスタイルに縛られる。そしてそれを「自由」と呼ぶ。

固定費が高ければ高いほど、実際に自分が所有できる自分の日数は減る。それは哲学ではなく数学だ。
億万長者だって自動的に自由になれるわけではない。もし彼の資産が、毎日毎日彼の注意を必要とするなら、その資産は経営者が従業員を所有するのと同じように彼を所有している。
変わったのは数字の大きさだけだ。

私が思い描くことができる最も裕福な人は、1000億を持つ人ではない。
水曜に目覚めて、自分が望むことをそのままできる人だ。

残りはただの帳簿合わせだ。
原文表示
post-image
このページには第三者のコンテンツが含まれている場合があり、情報提供のみを目的としております(表明・保証をするものではありません)。Gateによる見解の支持や、金融・専門的な助言とみなされるべきものではありません。詳細については免責事項をご覧ください。
  • 報酬
  • 1
  • リポスト
  • 共有
コメント
コメントを追加
コメントを追加
CryptoJoker
· 07-22 04:36
貧しい人は、富とは自分が使う巨大な口座(お金の残高)だと思っているので、より高収入の仕事に就こうとします……一方、金持ちは、富は日常の活動の種類に関係なく「収入」によって成り立つと確信しています。つまり、貧しい人は「仕事」を探し、金持ちは「奴隷(拘束)と結びつかない収入源」を探すのです。
原文表示返信0
  • ピン留め